麻里
藤村 邦
1.オイスターバー
勤務先から逃げ出すような気分で帰路についた私は、職場から駅に向かう裏通りを足早に歩いていた。以前はこの通りは、賑やかで居酒屋やバーの明かりで明るかったが、この数年でシャッターを降ろした店が増え通りは薄暗くなっていた。
数日前まで改装工事を行っていた店が、「Oyster Bar」という電飾看板が光る新しい店に変わっている。「こんな海なし県の、こんな場所で、オイスターバーなんて流行るわけねえよ」と独り言を言いながら通り過ぎようとしたが、この夏一番だという夜の暑さに負けた。ガラスドア越しに見える涼しそうな店内のライトが私を誘ったのだ。
ドアを開けて中に入ると、ヒンヤリとした冷気が私を包んだ。右手にはカウンター席があり、反対側には四人掛けのテーブルが6つ並んでいる。店内には客は一人もいなかった。
私はカウンターの一番奥に座った。店の一番奥のテーブルには、破砕された氷の山があり、その上には沢山の牡蠣の殻が置いてある。飾りのつもりなのだろうが、ゴミの山にも見える。